園児バス内置き去り死で浮かび上がるもの
静岡で、通園バスの車内に取り残された3歳の園児が熱中症で死亡した事件。
昨年、福岡でも同じような事件が起きていたのに、なぜ悲劇は繰り返されたのか。
・・少しだけ腑に落ちた点がある。
とにかくこの2件の事故(というか事件)は似ている。
行きの通園バスの中に園児が取り残され、誰にも気づかれないまま、帰りの時間帯に発見されるという点。
私には解せなかった。
昨年、こういうショッキングな事件が起きたばかりで、幼稚園や保育園では危機感を持ってかなり気をつけてたはずなんだ。
なのに何故・・?
だが、バスを運転していた園長と、同乗していた職員の年齢を知って「あぁ・・」と思った。
2人とも70代。
危機意識や注意力が落ちる年齢であることと関係はないだろうか。
「こりゃ大変だ 自分たちも気をつけなきゃ」度が低くなるというか・・。
昨年の事件と違う点はまさにこの、同乗する大人が「2名」という点。
昨年は、中年の園長1名のみで運転手も兼ねていた。
当時のブログにも書いてるが、1名はちょっとあり得ないなと。
(その記事はコチラ⇒安全管理面での杜撰さが引き起こした悲劇 )
で、今回は2名で人数的には何の問題もないのだが、ひょっとしたらお互いに「あっちが確認してくれてるだろ」的な、責任の分散が発生したかもしれないなと。
特に今回は急遽、通常の運転手の代わりに園長が運転することになったみたいだし。
それで、私にもちょっと思い出したことがある。
仕事で、自社イベントの告知チラシを打つことになった時のこと。
そのチラシには肝心なものが抜けていた。
イベントの日時だ。
だが、うちのチームのメンバーは誰もそれに気づくことなく、チラシはまかれた。
自分を注意深い人間だと認識していた私は、自分自身に失望した。
未だに苦い思い出として残っている。
もちろん「誰かがちゃんとチェックしてくれるだろ」などと甘く考えていたわけではなかったし、それなりに確認したはずだった。
なのにそんなことになり、どっかに隙があったとしか思えない。
無意識に、「私以外の人もチェックしている」という安心感が働いていたのかもしれない。
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