吉村知事の「ガラスの天井」発言で思い出したコト
先日、大阪のコロナ感染者が一気に増えたことで、吉村知事が「ガラスの天井を突き抜けた」と表現した。
これは結果的に、「ガラスの天井」という言葉の意味を知ってる人にも知らない人にも、わけのわからない表現となっている。
私は前者で、「何か複雑な背景があったっけか・・?」と考えたりしたんだが、何や、単なる誤用やったんかッ!
吉村知事は誤用を否定しているが、あれは誤用だ。
「ガラスの天井」という言葉は知ってる。でも意味までは知らなかった。
そんな深い意味があるとはつゆ知らず、軽い気持ちで使ってしまった。
・・まぁ、そんなところだろう。
本来の意味を知っていれば、あんな使い方はできない。
ところで。
私が「ガラスの天井」めいたものを感じた時期は早い。
小学生の頃だ。
クラスで学級委員が男女それぞれ1名ずつ選出されるが、いつでも委員長は男子、副委員は女子になるのだった。「起立、礼」などの号令も、委員長である男子の役割だった。
そのことは私を無性にイラつかせた。
私は先生に対して割と物申せる生徒だったのだけど、これについては言えなかった。
「どーせ言ったって・・」という諦めの気持ちが強かったのだと思う。
でも・・言えばよかった。
言ったって何も変わらなかったかもしれないけど、言えばよかった。
「おかしい」と唱える生徒がいたことを、先生たちの心に刻み付けておくんだった。
ガラスの天井。
そのガラスには、それを取っ払おうともがく女たちがつけたひっかき傷が、無数に存在してるはずなんである。
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