別の意味でパニックになる私?

「パニック障害」を告白する芸能人、多いですね。

そのエピソードを引っ提げて番組出演したり、本を出版したり。
なかなか商魂たくましいですこと。

ただ、中には「それ、ホンマにパニック障害かぁ~?」っちゅーもんもあったり。
一般的なパニック障害の症状とは随分かけ離れてんのよね、安西ひろことか。

そう、今回は、関係のない人にとっては、とってもつまんない「パニック障害」の話です。
でも、誰にでも起こり得る病気なので、よろしければ読み進めてちょ。

私は、高1の頃、学校の授業中に、しょっちゅう具合が悪くなってた。
息苦しくて、吐き気がして、冷や汗が出て、喉が渇き、手の平が冷たくなる。

何度も「もう限界だ、手を挙げて保健室に行かせてもらおうか」とは思うものの、結局ひたすら我慢するのであった。

そして終礼のチャイムが鳴ると、手の平には温もりが戻り、気分の悪さも治まってくるのだ。

体育館でのもろもろの式や集会みたいなものでも、同じ症状になった。

どうやら、教室や体育館などの閉ざされた空間で、大勢がじっとしてなきゃいけない状況が原因のようであった。

それが証拠に、体育館でやる体育などは何も問題がないのである。

1年近く苦しんだが、知らず知らずのうちにあまりその症状が出なくなっていった。

しかし社会人になって数年後、またその症状が襲ってきた。
しかも、激しい動悸と、グラグラ揺れるようなめまいまで伴って。

ベッドから起き上がれなくなってしまった。
身動きしただけで、リバースしそうであった。
食事もいっさい取れなくなった。気分悪過ぎて睡眠も取れない。

会社を数日間休み、何とか起き上がれるようになった頃、病院へ行った。
「めまい」という言葉を聞いた途端に医者は、「メニエールですね」と言った。
私は、絶対メニエールなんかではない、と思った。

その後、何とか会社に行けるようになったものの、通勤バスが苦痛になった。
乗っていると、例の症状が襲ってくるのだ。何度途中下車しようと思ったかわからない。
でも、下車したら遅刻するので、やはりひたすら我慢するしかなかった。

閉ざされた空間で、「症状が襲ってきても、逃れられない」という不安が、かえって症状を悪化させているようであった。

そして、数ヵ月後、自然とまたその症状は出なくなっていった。

今からして思えば、あれは「パニック障害」だったのだと思う。
その頃はまだ、病名が世に出ていなかった。

でもその「パニック障害」の有名な症状のひとつ、「死んでしまうかもしれないという恐怖感」というのだけは、私にはなかった。

どういう感覚なのかも、想像できない。
これがないということは、「パニック障害」ではないのか??
え?じゃ、何?何だったのーッ!?

・・・と、パニックになる私であった(←言いたいだけやろッ)。

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