今さらですが、聖子とひろみ

特にこの曲が好きなわけではないが、映像としてはお気に入りである。



衣装もいいが、聖子の表情がいいなと。たおやかな笑みを浮かべ、何だかキラキラしている。幸せそうだ。ひょっとしたら郷ひろみと付き合いだしたのがこの頃なのではないか、とすら思える。

結局のところ、この二人がいつから恋仲になったのかはあまり知られていない。別離会見をテレビで観た私は、子ども心に「へー、やっぱり恋人同士だったんだー」と思った記憶がある。

この曲がヒットしている頃に発売された聖子の著書「青色のタペストリー」には、「郷さんと食事したのは、たった1回あるっきりなんです。それも仕事かなにかの対談で、まわりにはいっぱい関係者がいたわけなんです」とある。

同時期に放映されたベストテンでも、郷との仲を聞かれ、「歌手として尊敬しているだけであって、愛とか恋とかでは全くない」と否定している。

しかし、それからほぼ1年後の84年のお正月には「この恋を大切にしていきたい」といった趣旨の発言をテレビでしていることから、郷との交際は83年に始まったのではないかと私は推測した。

しかししかし!最近その推測を覆す情報を入手した。
昨年末(かな?)、爆笑問題のラジオ番組にゲスト出演した芸能レポーター、鬼沢慶一氏がこう語っていたらしい。
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81年の3月26日、僕の手帳にきちんと書いてあるんだよ、ひろみから招かれて行ったんだけど、最初はゴルフの話とかベストテンの話なんかしてたんだ。そしたら突然真面目な顔をして「鬼さん…僕は将来を誓い合った人がいる」とひろみがいうわけ。「相手は誰だ?ヒントをくれ」って言ったら、「うーん…」というから、「例えばベストテンに出てる人か?」「出てるよ」って言うから、えーっと驚いた。「それで、じゃあ名前を言うぞ、河合奈保子、岩崎ひろみ、渡辺真知子、高田みづえ、柏原芳恵…」いずれも全部ノーじゃない。おかしいなー、といろいろ考えて「まさか松田聖子じゃないよなー」と言ったら「ピンポ~ン」っていうんだよ。当時ね、聖子は18歳だよ、デビュー2年目だよ、ひろみが25歳じゃない、これどーなっちゃうかなと思ったよ。

・・・ますます謎は深くなり、私の頭は混乱した。
テレビや著書での聖子の発言は全てウソだったということなのか?
それとも鬼沢氏の勘違いなのか?

鬼沢氏は「告白を受けてから2ヵ月後(81年5月頃)、新聞にドカーンと『松田聖子、郷ひろみと結婚!』と出ちゃった」とも語っている。

ところで「松田聖子と中森明菜」(中川右介著/幻冬舎)という本にも 、「夏の扉」がヒットしている81年5月頃について「この頃初めて、松田聖子と郷ひろみが熱愛関係にあり、近く結婚するのではないかと、女性週刊誌が報じている」と書かれてあるのだ。

こうなると、一気に信憑性を帯びてくる。
デビュー2年目にして、デビュー前からの憧れのスターをものにしたってワケかー、すげーな。

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