リレー侍とバレー女子の不吉だったアレ
東京五輪・陸上男子4×100mリレー決勝。
「バトンが届かなかったーーッ!!」という実況の絶叫。
・・え、うそ?・・バトンが届かない・・?
ブチッ!!
ブチ切れたのではない。テレビを消したのだ。
選手たちの無念さを思うと、それ以上観ていられなかった。
メダルに届かなかったんではなく、バトンが届かなかったのだ。
サッカーには「ドーハの悲劇」という哀しくも美しい呼称があるが、今回のリレーは「東京の悪夢」ではなかろうか。
日本のリレーメンバーは今大会、個人種目の100mで誰も予選突破できておらず、リレー予選も、決勝に進んだチームの中ではタイムが最下位だったので、決勝のバトンパスは攻めるしかなかったのだろう。
それに加えて「自国開催で金メダルを!」というプレッシャー。
バドミントンの桃田選手に対する「そりゃ金メダルに決まってら」という安心感にも似た期待とは違う(結果、予選敗退だが)。
日本ではこの種目に対して「次こそ金を!」という悲願がものすごかった。
予選より速く走らねばならず、予選よりリスキーなバトンパスもせねばならず、緊張感と焦りは相当なものだったと思う。
それゆえ、入場シーンでのメンバーの表情は非常に硬かった。
山縣選手が何とか笑顔を見せようとするも、引きつっていた。
リオ五輪(銀メダル)で「侍ポーズ」をした時のような楽しげな様子は、微塵もなかった。
「あ、アカンかも・・」
即座にそう思った。
バレー日本女子の五輪初戦で、スタメンコールされコートインした時の選手たちと同じ表情。
男子には笑顔が見られたのに、女子は「く、くらい・・」とドン引きしてしまうほどだった。
結果、男子は29年ぶりの予選突破で、女子は25年ぶりの予選敗退だった。
監督の中田久美は常々、「金メダルじゃないと意味がない。金メダルを獲る」と言っていた。
そうやって選手にも発破をかけていたのだろう・・「とるよー!とるよー!東京で金とるよー!」ってな。
金メダルじゃないと意味がないなんてことはないよ絶対(もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対 )。
それは、日本女子バレーの金メダルが当たり前だった時代に選手だったアナタが、銅メダルしか取れなかった悔しさを未だに引きずって執着してるだけ。選手にとっては重荷だったろう。
ところで、リレーについてだが。
隣のレーンの選手の体が邪魔(コース内ではあるが)になってバトンパスが上手くいかなかったという分析もあり、それが原因なら、そっちの方がよっぽど「ぐぬぬ・・」となる私であった。
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